追悼 利根川進博士(1939–2026)── 日本の医学ノーベル賞、その系譜の原点

利根川進を偲ぶ抽象カバー:円相(ensō)、抗体のモチーフ、日本のノーベル生理学・医学賞受賞者の年表。

1987 年に日本人として初めてノーベル生理学・医学賞を受賞した分子生物学者、利根川進(とねがわ・すすむ)博士が、2026 年 7 月 11 日に逝去されました。86 歳でした。40 年以上にわたり教鞭をとったマサチューセッツ工科大学(MIT)が、7 月 15 日にその訃報を公表しました。博士の発見は免疫学を塗り替え、さらに続く非凡な「第二の研究人生」において、記憶そのものへの理解をも変えていきました。

日本の医薬を礎とする私たちにとって、その逝去は振り返りのときでもあります。ひとりの傑出した科学者だけでなく、博士がその端緒を開いた、日本の生命科学ノーベル賞の系譜をも。

二つの分野を横断した科学者

利根川博士は 1939 年に愛知県で生まれ、京都大学を卒業後、分子生物学を学ぶために渡米しました。最もよく知られる業績は、スイスのバーゼル免疫学研究所で成し遂げられたものです。

1980 年代初頭、博士は免疫学における最も古い謎のひとつに答えを与えました。すなわち、限られた数の遺伝子から、いかにして事実上無限に近い多様な抗体が生み出されるのか、という問いです。利根川博士は、免疫細胞が自らの DNA の断片を物理的に「組み替え」、さほど大きくない遺伝子の道具立てを、数百万種類にのぼる異なる抗体へと組み合わせていくことを示しました。この発見により、博士は 1987 年のノーベル生理学・医学賞を単独で受賞します。授賞理由は「抗体の多様性が生み出される遺伝的原理の発見」でした。

そこで歩みを止めることもできたはずですが、博士は脳科学へと向かいます。MIT ピカワー学習・記憶研究所の初代所長、また日本の理化学研究所・脳科学総合研究センターのセンター長として、晩年は「記憶痕跡(エングラム)」──記憶が脳に残す物理的な痕跡──の研究に打ち込み、まったく異なる二つの分野で画期的な貢献を果たした稀有な科学者となりました。

その発見が今なお重要である理由

抗体の多様性は、現代免疫学の礎です。利根川博士が明らかにした原理は、ワクチン、自己免疫疾患、そしてその後数十年にわたって生み出された免疫療法の数々を理解するうえでの土台となっています。今日それが教科書に載っているのは、ほかならぬ博士がそれを解き明かしたからにほかなりません。

日本のノーベル生理学・医学賞の系譜

1987 年に受賞したとき、利根川博士はこの分野で初の日本人受賞者でした。しかし、最後ではありませんでした。以降、さらに五人の日本人科学者が名を連ねています。それは、腰を据えた基礎研究へのこの国の長年の投資を映し出す歩みでもあります。

  • 1987 年 ・ 利根川進:抗体の多様性が生み出される遺伝的原理の解明。
  • 2012 年 ・ 山中伸弥:人工多能性幹細胞(iPS 細胞)。成熟した細胞が胚に近い状態へ初期化できることを示した(ジョン・ガードン博士と共同受賞)。
  • 2015 年 ・ 大村智:回虫などの寄生虫感染症に対する新たな治療法につながる発見(ウィリアム・キャンベル博士と半分を共有。もう半分は屠呦呦氏)。
  • 2016 年 ・ 大隅良典:オートファジー(細胞が自らの成分を分解・再利用するしくみ)の機構の解明。
  • 2018 年 ・ 本庶佑:免疫の負の制御を抑えることによるがん治療──免疫チェックポイント療法の基盤となる PD-1 の発見(ジェームズ・アリソン博士と共同受賞)。
  • 2025 年 ・ 坂口志文:末梢性免疫寛容と制御性 T 細胞(Treg)に関する発見(メアリー・ブランコウ氏、フレッド・ラムズデル氏と共同受賞)。

この一覧には、はっきりと一本の糸が通っています。免疫学です。1987 年の利根川、2018 年の本庶、2025 年の坂口──それぞれが、免疫系がいかに体を守り、そしていかに自らを攻撃しないことを学ぶのか、その異なる側面を照らし出しました。日本の科学が、とりわけ深い足跡を残してきた分野です。

静かな開拓者を偲んで

私たち Tsubaki Trading は、日本の健康・医薬産業の製品と日々向き合っています。これらの受賞者が体現する科学の文化──厳格で、忍耐強く、飽くなき好奇心に満ちた姿勢──は、医薬における「メイド・イン・ジャパン」の意味と分かちがたく結びついています。世界中の科学者や同輩とともに、利根川進博士と、博士が築いた基準を、謹んで偲びます。こうした読み物は Tsubaki ジャーナル でもご覧いただけます。

本稿は情報提供および追悼を目的とした記事です。経歴および科学的な記述は、MIT News、The Japan Times、NobelPrize.org などの公開情報に基づいており、今後の情報公開に応じて更新される場合があります。本稿のいかなる内容も、医療上の助言や製品の宣伝を目的とするものではありません。受賞者の業績は、歴史的・教育的な文脈においてのみ紹介しています。

よくある質問

利根川進博士とは?
日本生まれの分子生物学者で、MIT 教授。1987 年、免疫系が抗体の多様性を生み出すしくみを解明し、日本人として初めてノーベル生理学・医学賞を受賞しました。のちに記憶を研究する著名な脳科学者となりました。

いつ逝去されましたか?
2026 年 7 月 11 日、86 歳で逝去されました。MIT は 2026 年 7 月 15 日に訃報を公表しました。

何の業績でノーベル賞を受賞したのですか?
「抗体の多様性が生み出される遺伝的原理の発見」──限られた数の遺伝子から、いかにして多種多様な抗体が生み出されるのか、その仕組みに対してです。

これまでに何人の日本人がノーベル生理学・医学賞を受賞していますか?
これまでに六人です。利根川進(1987)、山中伸弥(2012)、大村智(2015)、大隅良典(2016)、本庶佑(2018)、坂口志文(2025)。

出典

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